もくじ
妊婦さんといえども、虫歯や歯周病になります。もちろん、それ以外にもおやしらずの炎症などいろいろな歯科疾患を引き起こす可能性もあります。
妊娠しているからといって、歯科治療を全く出来ないとなれば、痛みや腫れなどで日常生活に支障を来すようになり、お腹の子供にも悪影響を及ぼしかねません。
では、普通に歯科治療を受けられるかといえば、さもあらず、やはり妊娠中の歯科治療はいろいろと制限されてしまいます。
今回は、妊娠中の歯科治療について解説します。
出産前に治療を終わらせるために

妊婦さんでも内容によっては歯科治療を受けることが出来ますが、なるべくなら妊娠する前に終わらせておいた方がいいです。
そのためにも、妊娠を考えているなら、その前から歯科医院に通い、虫歯や歯周病のチェックを受け、適切な処置をしてもらうようにしてください。
なぜ治療を終わらせたほうがいいか?
妊婦さんには、そうでない方と比べていろいろなリスクがあります。
最も多いのが、妊娠に対するさまざまな不安感です。そうでなくても歯科治療そのものに不安を感じるわけですから、精神的にとても不安定な状態になってしまう恐れがあります。
また、つわりだけでなく妊娠中は立ちくらみを起こしやすくなったり、トイレが近くなったりするなど、体調も変化します。
10代や35歳以上の妊婦はハイリスク妊婦とよばれ、妊娠中毒症を起こすリスクもあります。
ここにあげたのはあくまでも一例ですが、妊娠中には非妊娠時には認められないさまざまなリスクがあります。
可能であれば歯科治療は妊娠前に完了させておいた方がいいというのは、こうした事情があるからです。
妊娠中の口内の環境変化
妊娠中に起こるお口の環境変化としては、歯みがきがしにくくなることが挙げられます。
その原因はつわりです。つわりによってえずきやすくなるために、歯みがき、特に奥歯の歯みがきがしにくくなります。
これに伴って、虫歯や歯周病になりやすくなります。
虫歯になりやすい?
虫歯は、ストレプトコッカス・ミュータンスなどの細菌が産生する乳酸によって歯が溶かされる病気です。
歯みがきをすることで、ミュータンス菌の栄養源を取り除き、乳酸を産生させにくくします。もちろん、ミュータンス菌などの細菌がたくさんいるプラークを取り除き、菌の数そのものを減らします。
しかし、妊娠中は歯みがきがしにくくなりますので、ミュータンス菌の数量、乳酸の産生量がともに増えてしまいます。
そのために、虫歯になりやすくなります。
歯周病になりやすい?
妊娠中は、ホルモンのバランスが変化します。ホルモンバランスの変化は、歯周病の原因である歯周病菌にも影響を及ぼします。
歯周病菌はいろいろな種類がありますが、妊娠中のホルモンバランスの変化によってプレボテラ・インターメディア(Prevotella intermedia)という歯周病菌が増えてきます。
歯周病菌叢の変化に加えて、歯みがきをしにくくなることもあり、歯周病になりやすくなります。
これを特に妊娠性歯周病とよんでいます。
妊娠期別の歯医者で注意点

妊娠期間は、3〜4ヶ月おきに初期・中期・後期に分類されます。
歯科治療を行なう際には、それぞれの期間によって対応が異なります。
初期
妊娠初期は1〜4ヶ月に相当する期間です。週で表すと、0〜18週ごろになります。
この期間では、歯科治療は緊急処置のみとなります。
あくまでも応急的な対応に留まり、治療が必要な場合は妊娠中期になるのを待つことになります。
中期
妊娠中期は5〜7ヶ月(19〜30週)に相当する期間で、安定期ともよばれます。
この期間なら、通常の歯科治療が可能になります。ただし、妊娠中期は2ヶ月ほどしかないので、長期にわたるような治療は難しいですね。
後期
妊娠後期は8〜11ヶ月に相当する期間で、週で表記すると31週目以降分娩までの期間です。
後期に至ると、初期と同じく緊急的な歯科治療のみ可となります。
この期間では応急治療だけを行ない、本格的な歯科治療は出産後6〜8週以降になるのを待って行なわれます。
歯医者さんでの注意を要する治療
では、歯科治療をするときの注意点について解説します。
麻酔
歯科治療でよく用いられる麻酔薬は、キシロカインとよばれる麻酔薬です。
キシロカインそのものが妊婦に何らかの影響を与えたとする報告は、いまのところありませんし、通常の歯科治療で用いられる1〜2本程度の量であれば、母体で完全に分解されるので、胎児に移行する心配もありません。
むしろ、局所麻酔を行なわないことにより生じる痛みのほうが、母親の体内でアドレナリンの分泌を促進させます。麻酔を行なわない方が胎児に影響を及ぼすといえます。
なお、歯科治療で使われる局所麻酔薬の多くには、キシロカインのほかにエピネフリンも配合されています。エピネフリンとは、アドレナリンのことです。
エピネフリンもアドレナリンなので血管収縮作用などがありますが、体内で産生されるアドレナリンと比べると10分の1ほどの効果しかなく、こちらも通常の歯科治療で使う分には心配ありません。
レントゲン
歯科治療では、歯という硬組織の治療を行なう関係で、レントゲン写真を撮影する機会が多いです。
一方、妊婦さんはレントゲン写真を撮影しても大丈夫かとても気になさいます。
結論から言いますと、防護エプロンを着用してお腹を遮蔽し、直接エックス線をお腹に照射しない限りは問題ありません。
歯科のレントゲン写真では、エックス線はお腹に直接向かうことはありません。しかも、デンタルレントゲン写真という切手くらいのサイズのフィスムを使った撮影法では、0.02[mSv]と放射線量も微量です。
日本国内で日常生活で受ける放射線量の平均値が1.5[mSv]ですから、非常に少ないことがわかってもらえると思います。
痛み止めの薬
正直なところ、痛み止めの薬や炎症止めの薬で、胎児にとって完全に安全であると断言できる薬はありません。
しかし、痛みを我慢することにより胎児に悪影響を及ぼす可能性が考えられる場合もあります。
そこで、治療上の有益性が、リスクを上回った場合にのみ、比較的安全性の高い痛み止めや炎症止めの薬を処方します。
具体的には、アセトアミノフェン(商品名カロナール)という痛み止めがよく使われます。この薬は、赤ちゃんの解熱にも使われるほど安全性の高い薬です。
一方、痛み止めの中にはボルタレンのように妊娠中は決して使ってはならない薬もあります。自宅にある痛み止めを安易に使うのはやめてください。
詰め物
現在の歯科治療では、虫歯で生じた穴を自然に治すことは出来ないので、コンポジットレジンとよばれるプラスチック製の詰めものや、被せもの、いわゆる銀歯で治します。
これらはお口の中で溶け出すことはないので、胎児に影響することはありません。
もし、外れて飲み込んだとしても、胃に入った詰めものや被せものは体外に排出されますので、心配する必要はありません。
妊娠中に受けてもいい治療

虫歯治療
虫歯治療は、虫歯の進展度合いによって方法が異なります。
虫歯の進展度合いは、虫歯の穴の深さによってC1〜C4の4段階に分類されています。
- 歯の最も外側であるエナメル質にとどまっている虫歯がC1
- エナメル質の内側にある象牙質にまで穴が届いたものがC2
- 虫歯の穴が歯髄、いわゆる歯の神経に達したものがC3
- 虫歯の穴が深くなり、歯冠のほどんどが消失してしまったものをC4
としています。
C1やC2であれば、コンポジットレジンを詰めたり、インレーという小さな金属製の詰め物で治せます。
C3になれば、麻酔の注射をして歯の神経を取り除く治療をします。C4に至れば抜歯になることも珍しくありません。
妊娠中期であれば、C1やC2の治療は問題なく行えます。C3も大丈夫でしょう。
しかし、C4の抜歯は不可となります。
歯周病治療
歯周病とは、歯を支えている組織である歯周組織に起こる病気です。
歯周組織は、
- 歯肉(歯茎)
- 歯槽骨(歯を支えている骨)
- セメント質(歯根の表面についている硬組織)
- 歯根膜(歯槽骨とセメント質を結びつけている靭帯のような薄い膜)
で構成されています。
歯周病は、歯周病菌が原因で起こることが明らかになっているので、その治療の基本は、歯周病菌が集まっているプラークを取り除くプラークコントロールにあります。
プラークコントロールをしっかり行うためには、歯科医院で受けるプロフェッショナルケアと自分自身で自宅で行うセルフケアの両立が欠かせません。
プロフェッショナルケアでは、歯科医師や歯科衛生士が専用の器械を使って歯石を取り除き、歯の表面をきれいに磨き上げます。
歯石とは、プラークが古くなり石のように硬くなった歯の付着物のことです。歯石の表面は非常にデコボコとしており、プラークがさらにつきやすくなっています。
歯石を除去することで、プラークが付きにくくするのです。歯の表面を磨き上げるのも同様の効果を求めて行われます。
これら歯周病治療も妊娠中期であれば受けることができます。
妊娠中に避けたい治療

抜歯術
妊娠中は、原則的に抜歯はしません。
ただし、炎症を繰り返し、そのたびに薬を使って炎症の緩和を図っているような歯のときは、妊娠中期に限って抜歯を行なうことがあります。
歯周外科
歯周病が進展し、歯石の除去や歯の研磨だけでは対応しきれない場合、病的な歯周組織を外科的に治療する歯周外科が行われます。
この歯周外科は妊娠中に行うべき治療ではありません。
エプーリス摘出術
妊娠中のホルモンバランスの変化により、歯と歯の間の歯茎が球状、もしくは扁平状に増殖してくることがあります。これを妊娠性エプーリスといいます。
一般的にエプーリスは摘出術の適応となりますが、妊娠性エプーリスについては分娩後に縮小することが多く、基本的に経過観察になります。
インプラント治療
歯を失った時に、歯があったところの顎の骨に人工の歯根を埋め込む治療が、インプラント治療です。
インプラント治療には、緊急性は当然ながらありません。
インプラント治療もやはり、妊娠中に行うべき治療とは言えません。
妊娠中に歯医者さんへ行くときは
妊娠中に歯の痛みや歯茎の腫れなどで歯科医院を受診しなければならなくなることもあります。そんな時はどうすればいいのでしょうか。
歯医者さんを選ぶ
妊娠中だからといって特別な歯科があるわけではありません。基本的には一般的な歯科医院で十分対応してもらえます。
ただし、親知らずの広範囲に及ぶ炎症など、対応が難しいような時には、病院歯科を紹介されるかもしれません。
事前の準備
産婦人科医により歯科医院を受診するよう指示された場合には、産婦人科医からの紹介状があると思われますので準備するようにしてください。
持ち物
母子健康手帳は必ず持っていくようにしてください。また、産婦人科やその他の診療科から薬物治療を受けている場合は、お薬手帳も持参するようにしてください。
マタニティ歯科とは
近年、マテニティ歯科というコンセプトの歯科医院がみられるようになりました。
これは、赤ちゃんが生まれる前から虫歯予防をしようというものです。
生まれる前からどうやって赤ちゃんの虫歯を予防するのか疑問に思われることでしょう。
それは、
- 赤ちゃんに虫歯菌をうつさない
- 食事や歯みがきの習慣、フッ素などの母親への指導に始まり
- 母親自身に歯科医院に通って虫歯や歯周病を防ぐ意識を持ってもらうこと
こうした取り組みによって、赤ちゃんの虫歯ゼロをめざすのです。
マタニティ歯科では、生まれてから行なうよりも、生まれる前から行なう事で、より効果的に虫歯予防に取り組むのです。
歯医者さんがおすすめする妊娠中の口内ケア

歯みがき
つわりでしんどい時でも、歯みがきはしっかり行うようにしてください。
歯ブラシは歯の表面の掃除には適しているのですが、歯と歯の間を磨くのにはあまり適していません。
そこで、歯と歯の間を効率的に磨くために、デンタルフロスや歯間ブラシを使うといいでしょう。
デンタルリンス
虫歯予防や歯周病予防に効果の有る薬効成分を配合したデンタルリンスが発売されています。
デンタルリンスの使用は必須ではありませんが、お口のケアには効果的です。
デンタルリンスは飲むのではないので問題ないと思われますが、購入する際にはドラッグストアで薬剤師さんに妊娠中の使用について一度相談してから選ぶといいでしょう。
まとめ

妊婦さんで歯科治療が必要な場合は、基本的に応急的な対応に制限されてしまいます。
何らかの歯科治療をするとしても、できるのは妊娠中期に限られます。薬にも制限が加えられます。
ですので妊娠前から定期的に歯科医院に通い、虫歯や歯周病などがないかチェックしてもらった上で、適切な処置を受けて、妊娠中に歯科治療が必要となるような事態にならないようにしましょう。