欧米では約8割の妊婦が行うという無痛分娩。日本では、5%弱しか行われていません。それは、一体なぜなのでしょうか?
無痛分娩って何?

無痛分娩とは、麻酔を使って陣痛の痛みをやわらげる分娩方法をいいます。
出産は、赤ちゃんを外へ押し出そうとして子宮が収縮する陣痛が伴います。
この時、子宮が収縮することや子宮の出口が引き伸ばされることにより下腹部に痛みが生じます。
子宮の収縮や子宮出口が引き伸ばされることによる刺激は、子宮周辺にある神経を介して脊髄に伝わります。
この刺激はさらに脊髄を上って脳に伝わり、痛みとして感じられます。
無痛分娩は、薬剤を使用して、これらの痛みを和らげます。
無痛分娩のママの様子
無痛分娩といっても、麻酔薬を入れる以外は、自然分娩と過程は変わりません。
麻酔後もママの意識はあり、赤ちゃんが下りてくる感覚もわかります。陣痛やいきみも経験するので、産んだ実感も得ることができるでしょう。
痛みが少ない分、余計な力が入らず、スムーズに出産を進めることができます。
産後の回復も早いといわれています。無痛分娩中気をつけて欲しいのは、次の3つです。
1.無痛分娩中は原則として飲食はすすめません。
誤嚥性肺炎(口から食道へ入るべきものが気管に入ってしまうことで起こる肺炎)を予防するためです。
水分は点滴で補います。ただし、分娩時間が長くなる場合には、必要に応じて飲水や軽食をとる場合もあります。
2.麻酔開始後は原則としてベッド上安静となります。
麻酔による運動神経麻痺で歩行中に転倒する危険があります。
3.トイレには、行けません。
無痛分娩中はベッド上安静となるのでトイレにいけません。必要に応じて、尿道に細い管をいれて排尿します。
無痛分娩の赤ちゃんの様子
赤ちゃんに、麻酔の影響がでないか心配されるママが多いと思います。
無痛分娩で麻酔を使用することによって、赤ちゃんに影響を及ぼすことは、ほとんどありません。
世界では、出生直後のみならず、成長過程での影響も調査されていますが、これまで問題があったという報告はありません。
無痛分娩の種類

無痛分娩には、選択的誘発無痛分娩と転向型無痛分娩があります。
米国では、病院に麻酔科医や認定麻酔看護師が常勤しているため、転向型無痛分娩が24時間可能な体制があります。
しかし、日本では、産科医とともに麻酔科医が不足状態のため計画的誘発分娩の選択的無痛分娩が主流となっています。
※和痛分娩とは無痛分娩とほぼ同義語として使われているため、明確な違いはありません。
選択的誘発無痛分娩
これは、分娩開始前から計画して行う無痛分娩を指します。
一般の人々には、計画無痛分娩・予定無痛分娩など様々な名称で呼ばれています。
転向型無痛分娩
これは、分娩開始後に分娩進行の状況に応じて適用される無痛分娩を指します。
使われている麻酔の種類
代表的なのは、硬膜外麻酔と点滴からの鎮痛薬投与です。
硬膜外麻酔
硬膜外麻酔とは、硬膜外腔という背中の脊髄の近い場所に、カテーテルを挿入し、そこから薬剤を注入します。
硬膜外鎮痛は、とても強い鎮痛効果があるうえ、薬のお母さんへの影響は少なく、さらに薬が胎盤を通って赤ちゃんへ届くことがほとんどないことから、多くの国で無痛分娩の第一選択の方法とされています。
1.硬膜外麻酔の手順
- 点滴を行います。これは、水分の補給が主な目的です。また、何かあった時に、すばやく対応できるよう血管確保をしておきます。
- お腹の赤ちゃんの状態を胎児心拍モニターで観察します。
- ベッドに横向きに寝て、または、座って背中を丸めた姿勢をとります。
- 背中(腰の部分)を消毒します。
- 背中に滅菌の布をかぶせます。
- 背中(腰の部分)に局所麻酔を打ちます。無痛分娩に使う麻酔薬を注入するためのカテーテル(管)を挿入するために、まずは、皮膚の表面の痛みを和らげます。普段の注射と同じ程度のチクッとした痛みが一瞬だけ感じます。
- 硬膜外麻酔用の針を脊椎の硬膜外に刺します。局所麻酔を打っているので、痛みは感じません。
- 針が硬膜外腔まで達したらカテーテルを挿入し針を抜きます。
- 麻酔薬や鎮痛薬を少し注入し、体に異常が現れないか確認します。
- カテーテルを背中にテープで固定します。出産が終わるまで、カテーテルは入ったままです。カテーテルは柔らかく、しなやかなので、動き回っても問題はありません。
- 陣痛に合わせて麻酔薬や鎮痛薬を注入していきます。麻酔薬の効き目が十分に現れるのは、注入後、約20分といわれています。そして、その効果は1~2時間続きます。硬膜外麻酔は、必要に応じて、一定間隔3~4時間ごとに追加され、分娩が終わるまで、痛みを取り除きます。
2.硬膜外麻酔のタイミング
硬膜外鎮痛は、陣痛が始まって妊婦さんが痛み止めをほしいと感じ、産科医の許可が得られた時点で開始します。
陣痛の間隔が3分間隔で、子宮の出口が経産婦(すでに出産を経験している人)で5cm、初産婦(初めて出産を経験する人)で6 cm開く頃までに始めることが多いですが、妊婦さんの状態や施設、産科医、麻酔担当医の方針により、開始時期は少しずつ異なります。
点滴からの鎮痛薬投与
点滴により、静脈の中に医療用麻薬を投与し、痛みを和らげます。点滴により静脈の中に薬が入ると、お母さんの脳と胎盤を通過して赤ちゃんの脳に薬が届きます。
また、一時的に呼吸を弱くする作用があります。
お母さんの静脈への薬の投与を中止すれば、お母さんへの影響は長くは続きません。
また、生まれたばかりの赤ちゃんも、薬の影響がなくなれば元気になります。
バルーンを使った無痛分娩
バルーンの正式名称は「メトロイリンテル」です。
その形状からバルーンと呼ばれています。このメトロイリンテルは、子宮の出口が硬くて、なかなか開かない時に行われます。
先端にしぼんだ風船をつけた管を子宮の出口に挿入し、風船の中に滅菌の水を注入しながら膨らませていきます。
風船が膨らんだ分だけ、子宮の出口が押し広げられていきます。
無痛分娩だと必ずこのメトロイリンテルを行うとは限りません。
先ほど説明した通り、子宮の出口が硬くて、なかなか開かない時に行われます。
ただ、一般的に無痛分娩は、陣痛促進剤で誘発しても子宮口がかたく閉じていることが多いので、これらの処置を行うことが多いということです。
バルーンを入れる時は、多少の痛みが伴います。
上記でも述べたように、硬膜外麻酔のタイミングは子宮の出口が開いてきてからになります。
つまり、子宮の出口を広げるメトロイリンテルは、その前の処置になります。
無痛分娩以外の分娩方法

最近では、様々な分娩方法があり、それらを選ぶことができる時代です。
どのような方法があるのか把握し、どのような出産方法にするのか、決めましょう。
分娩スタイル
1.分娩台での出産
分娩台は、背もたれ、足のせ台、サイドにグリップがついています。
背もたれや足のせ台は、位置を調整できます。グリップを強く握り、手前に引くようにするといきみやすくなります。
また、足のせ台にかかとをしっかりつけると踏ん張りやすくなります。
2.フリースタイル分娩
どんな体位で出産するのか決まりはなく、ママが自由に決めることができる分娩方法です。
1)よつんばい
両手両膝をついた姿勢で分娩します。自然と骨盤が広がるので、腰に負担がかかりません。
2)ひざ立ち
両ひざをつき、上半身は寄り掛かったり、しがみついたりする姿勢です。重力が手伝って出産が進みやすいといわれています。
3)座位
座るようなスタイルで出産する方法です。お腹に力が入りやすく、骨盤に沿って赤ちゃんが下りやすいといわれています。
麻酔以外の無痛分娩法
薬剤を使用する以外にも、痛みを和らげる方法がいくつかあります。
1.自律分娩
分娩時の苦痛は出産への不安や恐怖によることが多く、それが身体の緊張を生み、陣痛を増強させると考えられています。
そこで、妊娠中から母親学級を開いて妊娠分娩の生理についての理解を深め、分娩準備体操を妊娠中から行い出産に備えることで、痛みを和らげます。
2.精神予防性無痛分娩
ソ連およびフランスで主に用いられ、日本でもラマーズ法として知られています。
事前に出産のプロセスを理解し、呼吸法と補助動作でリラックスして出産することを目的としています。
「ヒッ、ヒッ、フー」という呼吸法に集中することで、陣痛の痛みを和らげる目的もあります。
無痛分娩をうけるための条件
無痛分娩の中でも硬膜外鎮痛は、すべての人が受けられるとは限りません。
次のような方は、適応とならない場合がありますので、主治医とよく相談しましょう。
- お母さんの血が止まりにくい
- 背骨に変形がある
- 神経の病気がある
- 感染症がある
バースプランを決めるために
バースプランとは、出産の計画や希望のことをいいます。すべて希望どおりにいくとは限りませんが、理想の出産を思い描き、計画を立ててみましょう。
バースプランの立て方を解説します。
1.自分の理想の出産を考えましょう。
まずは、自分がどんな出産をしたいのか具体的に考えて整理しましょう。
1)出産方法
どんな体勢で産みたいか、家族に立ち会ってもらいたいかなど。
2)陣痛中
促進剤の使用はどうするのか、好きな音楽を流したい・アロマオイルをたきたいなど。
3)分娩中
出産の経過を教えて欲しいなど自分が落ち着いて分娩できる環境をイメージしてみましょう。
4)赤ちゃんの誕生後
生まれたての赤ちゃんを抱っこしたい、パパにも抱いてほしい、記念撮影をしたい、胎盤をみたいなど、赤ちゃんが生まれた時のことを想像してみましょう。
5)入院中
個室で過ごしたい、母乳で育てたい、添い寝をしたいなど。
2.パパと一緒に話し合いましょう
自分の理想の出産が決まったら、夫婦で話し合いましょう。
3.医師や助産師に相談しましょう。
特に無痛分娩を希望される場合は、必ず医師、または助産師、看護師に伝えてください。
健診を受けている施設が無痛分娩を行っていない場合があります。
かかりつけの施設が無痛分娩を積極的に行っている場合でも、陣痛が来る前までにその希望を伝えることで、沢山の利点があります。
1)健診を受けている施設が無痛分娩を行っていない場合
この場合には、無痛分娩を行っている施設を紹介してくれるかもしれません。
分娩施設を変える可能性がある場合には、できれば妊娠32週より前に相談するのがよいでしょう。
2)かかりつけの施設が無痛分娩を積極的に行っている場合
- 無痛分娩の方法やその利点、欠点などについて、医療スタッフが事前に話し合いましょう。施設により無痛分娩のやり方に大きな違いがありますので、その施設の方法について十分な説明を聞き、よく納得した上で無痛分娩を受けることをお勧めします。
- 無痛分娩を行う医師が妊婦さんのこれまでの病気や体の状態を事前に知っておくと、無痛分娩をスムーズにかつ安全に行いやすくなります。 また、現在の日本では無痛分娩は計画分娩で行う施設が多く、事前に希望していることを伝えていないと無痛分娩を受けられないこともありますので注意してください。
無痛分娩のメリット・デメリット

無痛分娩のメリット
1.落ち着いて分娩ができる
分娩の痛みを抑えることにより、産まれてくる子供を慈しみながら分娩に臨むことができ、子供への愛情がより深まるともいわれています。
2.分娩中の体力を温存することが可能
何回と繰り返す陣痛をこらえているうちに、次第に体力は消耗していきます。
赤ちゃんが生まれるころには疲れ切ってしまい、最後まで頑張れなくなるママもいらっしゃいます。
無痛分娩では体力を温存しながら分娩することが可能ですので、特に高齢の方にお勧めです。
無痛分娩のデメリット
1.費用が高くなる
無痛分娩は健康保健適用外になりますので、全額自己負担となります。
したがって、通常の出産費用より高くなってしまいます。
金額は病院によって異なりますが、通常の分娩費に加えて個人施設では0~5万円、一般総合病院では3~10万円、大学病院では1~16万円程度高くなるといわれています。
2.実施施設が少ない
日本では、希望をすれば無痛分娩を実施するという施設は30~50%程度あるといわれています。
しかし、実施数は全出産の5~6%程度。
それは、麻酔のリスクや日本の文化が関係しているといわれています。
無痛分娩を行ってくれる施設はあっても、必ずしもその施設が無痛分娩のエキスパートとはいえません。
3.麻酔のリスク
麻酔の影響により、様々な症状を呈する可能性がありますが、これらの頻度は1%程度。
麻酔後、少しでも違和感があったら、すぐに医師に相談しましょう。
1)分娩時間の延長、吸引分娩が必要となる可能性が増える
局所麻酔による運動神経麻痺のために、足に力が入らないことによりうまくいきめないこともあり、これらのリスクが増えることが指摘されています。
2)血圧が下がる、脈拍が減少することがあります。
血圧や脈拍が、極度に低下した場合には、心臓や脳に充分な血液が送り出せないことにより、その結果吐き気がしたり、気分が悪くなり吐くことがあります。
3)分娩後に頭痛
局所麻酔の影響で分娩後に頭痛を起こす可能性があります。
ほとんどの場合1週間以内に自然によくなります。
4)38 度以上の発熱
38 度以上の発熱を起こすことがあります。
5)テープなどかゆみや発赤がでる場合があります。
硬膜外カテーテルの固定のためのテープなどで、その周囲にかゆみや発赤がでる場合があります。
痛いこともある?

無痛分娩でも痛みを全く感じないわけではありません。
上記でも述べたように、子宮がある程度開くまでには、前駆陣痛も含めて、生理痛のような痛みを感じます。
また、痛みの感覚は個人差があります。
さらに痛みを感じるかどうかは、その時の精神状態も影響しているといわれています。
出産は、新しい家族が誕生する特別な瞬間。正しい知識のもとに、自分が納得できる方法を選びましょう。
安全で自分に合った出産計画を立てることが何よりも大切です。